どうも、チャパログです。
「オート戦闘がないって、なんかレトロでええな」
敵が現れるたびにコマンドを選ぶ。攻撃するか、魔法を使うか、回復するか。今なら自動で済ませられることも、自分の手で決めていく。
面倒に感じてもおかしくないのに、これが妙に楽しい。
強敵に苦戦しても、その気持ちは変わらなかった。むしろ、思い通りにいかない戦闘を経験したことで、なぜ楽しいのかが少しわかった気がしたんじゃ。
この記事では、『FFレゾナンス』第3回の実プレイをもとに、オート戦闘のないコマンドバトルで感じた楽しさと、昔ながらのFFを思い出した理由を紹介する。
結論はこうじゃ!
| 体験したこと | わしが感じたこと |
|---|---|
| コマンドを選ぶ戦闘 | 昔のFFを思い出す懐かしさがあった |
| リクイドサンダーとの戦い | 思い通りにいかないからこそ考えるのが楽しかった |
| 勝利後のアビリティ確認 | 別の戦い方があったと気づき、次の戦闘が楽しみになった |
| 1000ギルのルート選択 | 楽な道より、戦いながら進む道を選びたかった |
目次
1. オート戦闘がないことを懐かしく感じた
最近のRPGでは、繰り返しの戦闘を自動で進められる作品もある。レベル上げをするときには便利じゃし、同じ操作を何度も繰り返さずに済む。
雷鳴山では、敵が現れるたびに自分で行動を決めていた。
通常攻撃で済ませるか、MPを使って魔法を撃つか。仲間のHPが減っていれば、回復も考えないといけない。
「なんかすごいレトロでええな」
昔のFFを思い出したのは、画面の雰囲気だけではない。戦闘のたびに立ち止まって、自分で次の行動を選ぶ感覚じゃ。

もちろん、すべての戦闘で細かく考えたいわけではない。早く先へ進みたいときには、自動戦闘が欲しくなることもあるじゃろう。
それでも今回、コマンド入力を煩わしく感じなかったのは、次に何をするかを決めること自体が楽しかったからかもしれん。
2. 正解がわからない戦闘が妙に面白かった
その気持ちが強くなったのが、雷鳴山のリクイドサンダー戦じゃ。
「うわ、やばいやばい!」
相手の攻撃が思った以上に痛い。頼りにしていた技も、期待したほどの威力が出なかった。
「何がええんや、これ?」
攻撃方法を変え、仲間の行動を考え直す。思い通りにいかないからこそ、次のコマンドを選ぶ手にも力が入った。

効かない攻撃を選んでしまうこともあった。それでも試しながら戦い、なんとか撃破できた。
勝った瞬間のうれしさはもちろんある。けれど、それ以上に印象に残ったのは、何を使えばいいのかわからず、あれこれ悩んでいた時間だった。
もし戦闘を最初から任せきりにしていたら、今回ほど一つ一つの行動を意識しなかったかもしれん。
強敵の弱点や具体的な対策は、別の攻略記事で詳しく扱う。ここで残しておきたいのは、正解を知らないまま戦ったからこそ味わえた面白さじゃ。
→【関連記事】リクイドサンダー攻略|土属性のストンラ・絶縁グローブで雷攻撃に対策【FFレゾナンス】 | チャパログ CHAPALOG GAME MAGAZINE
3. 勝った後にも別の戦い方を考えていた
リクイドサンダーを倒してから、仲間のアビリティを見直した。
「あれ、リドってこんな技も持っとったんか!」
新しく仲間になったリドの技を、戦闘中は十分に確認できていなかったんじゃ。
「しもた、気づかんかったわ!」

もうボスには勝っている。それなのに、使わなかった技を見て「あのとき試していたらどうなったんじゃろう」と考えていた。
次に同じような強敵が現れたら、今度は仲間の技を先に確認しておこう。
失敗したわけではないのに、戦い方を振り返って次の作戦を考えている。そんな自分に気づいたのも、今回の冒険で面白かったところじゃ。
4. 1000ギルを払わず戦う道を選んだ
雷鳴山では、1000ギルを払えば魔物との戦闘が少ない楽な道を進めるという選択肢もあった。

わしは払わず、通常ルートを選んだ。
「魔物を倒しながらレベル上げして進みたいけん」
1000ギルを惜しんだというより、敵と戦いながら進みたかったんじゃ。
早く目的地に着きたい日なら、楽な道を選んでいたかもしれない。でも今回は、途中で敵に出会うことも含めて楽しみたかった。
同じ山を越えるにしても、何を優先するかで道のりは変わる。そう考えると、1000ギルを払うかどうかという小さな選択にも、自分らしい遊び方が表れていた気がする。
5. 楽をしない時間が冒険になっていた
リクイドサンダーに苦戦し、勝った後には仲間の技の見落としに気づいた。もっと上手な戦い方もあったじゃろう。
それでも、今回の雷鳴山では、効率よく進めなかったことを後悔していない。
自分でコマンドを選んだから、思うようにいかなかった攻撃も覚えている。戦闘を避けなかったから、強敵に悩む時間も生まれた。
昔ながらのFFを思い出したのは、単に古い仕組みが残っていたからではない。自分の判断で冒険を進めているという感覚が、そこにあったからじゃろう。
便利さを求める日もあれば、少し遠回りしたい日もある。今回のわしは、間違いなく後者だった。
楽をするより、冒険したい日もあるんじゃ!
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