どうも、チャパログです。
わしはゲーム音楽が好きで、車を運転している時にもよく聴いている。
中でも『イースX』と『空の軌跡』は、流さないと車を運転できんのちゃうかと思うくらい聴き込んだ。
ゲームをクリアしても、曲だけは聴き続けている。
「なんでわし、こんなにファルコムの音楽が好きなんやろ?」
考えてみると、好きなのは曲そのものだけではなかった。音楽を聴くと、ゲームの景色だけでなく、遊んでいた頃の自分まで思い出すんじゃ。
この記事では、『イース』『空の軌跡』『黎の軌跡』『亰都ザナドゥ -桜花幻舞-』を通して、わしがファルコムのゲーム音楽を聴き続ける理由を紹介する。
結論はこうじゃ!
| 作品 | わしが音楽から感じるもの |
|---|---|
| イース | まだ見ぬ場所へ行きたくなる冒険心 |
| 空の軌跡 | 物語を知ることで変わっていく曲の聴こえ方 |
| 黎の軌跡 | 都会を歩きたくなる落ち着いた空気 |
| 亰都ザナドゥ | 軽快さの奥に感じる切なさと、この先への期待 |
| 4作品に共通すること | ゲームを離れても、その世界とのつながりが残る |
わしにとってファルコムの音楽は、ゲームを盛り上げるだけのものではない。遊び終えた冒険を、日常の中でも続けてくれる存在なんじゃ。
目次
- 若い頃は格好よさ、今は切なさまで聴いている
- 『イース』の曲を聴くと冒険へ出たくなる
- 『空の軌跡』は物語を知ると曲が変わる
- 『黎の軌跡』と『亰都ザナドゥ』は街の空気まで違う
- ゲームを消しても、音楽が昔の自分を連れ戻す
1.若い頃は格好よさ、今は切なさまで聴いている
ファルコム作品を一言で表すなら、わしは「大人のファンタジー」という言葉がしっくりくる。
剣も魔法も出てくるし、怪物とも戦う。世界を救うような王道の物語もある。
でも、ただ明るく勇ましいだけでは終わらない。
どこか物悲しくて、少しだけ切なさが混じっている。

若い頃のわしは、ゲーム音楽を聴いても「格好いいな!」で終わることが多かった。
ボス戦で迫力のある曲が流れたら、それだけでテンションが上がる。
それは今でも変わらない。
ただ、年齢を重ねた今は、同じ曲を聴いていても、その奥にある寂しさや優しさに耳が向くようになった。
勇ましい曲なのに、少し切ない。
明るい曲なのに、なぜか懐かしい。
「あれ? この曲って、こんな感じやったっけ?」
曲が変わったわけではない。
聴いているわしの方が変わったんじゃ。
ファンタジーの世界を描いているのに、そこで流れる音楽には、自分の気持ちと重なる部分がある。
だから何年経っても、また聴きたくなるのかもしれない。
2.『イース』の曲を聴くと冒険へ出たくなる
その中でも『イース』は特別じゃ。
わしは『イースX』の音楽を車でも繰り返し聴いている。
ゲームを起動していないのに、曲を聴くだけで旅へ出たくなる。

森を歩けば風を感じる。
草原へ出れば遠くまで走りたくなる。
遺跡へ入れば、
「この先には何が待っとるんやろ?」
そんな気持ちになる。
ゲームの中では、一本道を進んでいても寄り道したくなる。
「あっちには何があるんやろ?」
「この崖の向こうへ行けるんちゃうか?」
そんなふうに、目的地以外の場所まで気になってしまう。

わしにとって『イース』のBGMは、戦闘や探索を盛り上げるためだけの音楽ではない。
「もっと先へ行ってみたい!」
そう思わせてくれる、冒険そのものの一部になっている。
そして車でその曲を流すと、ゲームを遊んでいない時間にも、あの冒険の気分が戻ってくる。
もうゲームは終了しているのに、音楽だけで旅が続いているような気持ちになるんじゃ。
3.『空の軌跡』は物語を知ると曲が変わる
『空の軌跡』は、また違った魅力がある。
普段流れている曲は明るく、どこかポップな感じがする。
街を歩いているだけでも楽しい。
でも、物語を進めて仲間との別れや、一人になって落ち込む場面を知ると、明るいと思っていたメロディーが胸に刺さるようになる。

同じ曲を聴いているはずなのに、感じ方が違う。
「ああ、この曲って、こんなに切なかったんか……」
音楽そのものは変わっていない。
変わったのは、その物語を知った自分じゃ。
曲を聴くたびに、登場人物の顔や、あの時の出来事が重なっていく。
そして、ゲームをクリアしたあとにもう一度聴く。
すると、冒険を始めた頃には何とも思わなかったメロディーが、今度は別の意味を持って聴こえてくる。
ゲームを進めることで、曲の中に思い出が増えていくんじゃ。
だから『空の軌跡』の音楽は、単に「いい曲だった」で終わらない。
車で流している時にも、ふと物語の場面を思い出してしまう。
ゲームを遊んでいないのに、あの世界のことを考えている。
これが、わしが何度も聴いてしまう理由の一つじゃ。
4.『黎の軌跡』と『亰都ザナドゥ』は街の空気まで違う
『黎の軌跡』は都会を歩きたくなる
『黎の軌跡』で初めて街へ出た時、わしは思った。
「なんかおしゃれやな」
音楽が派手に盛り上げてくるわけではない。
でも、街を歩いているだけで心地いい。

落ち着いたカフェで流れていても違和感がないようなBGMが多い感じがする。
だから目的地へ向かっている途中でも、
「ちょっとこの路地を歩いてみるか」
と寄り道したくなる。
人通りの多い場所から路地へ入ると、静かな店がある。
そんな都会の日常まで音楽から感じられるところが好きじゃ。
同じファルコム作品なのに、『イース』とはまったく違う場所を歩いている気持ちになる。
『亰都ザナドゥ』は軽快なのに少し切ない
そして今回遊び始めた『亰都ザナドゥ -桜花幻舞-』。

ダッシュして敵へ飛び込む時も、寄り道して宝箱を探す時も、曲のテンポがプレイヤーの動きと自然に重なる。
主人公はどこかお調子者で、細かいことを気にせず前へ進んでいくタイプじゃ。
だから音楽も重苦しくない。
テンポが良くて、自然と前へ進みたくなる。
でも、軽快なだけではない。
曲を聴いていると、どこか少しだけ寂しさを感じる。
まだ序盤なのに、
「この曲、あとで絶対泣かせにくるやろ!」
と思ってしまった。
本当にそうなるかは、まだ分からない。
今は探索を盛り上げてくれる曲が、物語を最後まで見届けたあとには、全然違う聴こえ方をするかもしれない。

『空の軌跡』では、物語を知ってから音楽の感じ方が変わった。
『亰都ザナドゥ』では、これから同じことが起きるかもしれない。
まだ答えを知らないうちから、曲の聴こえ方が変わる未来を楽しみにしている。
ファルコム作品を何本も遊んできた今だからこそ、こんな楽しみ方ができるんやろな。
5.ゲームを消しても、音楽が昔の自分を連れ戻す
ゲームをクリアして何年も経つと、不思議なことがある。
ストーリーの細かな順番を忘れていても、昔聴いていた曲を流した瞬間に景色が浮かんでくる。
「あの街や」
「あのボス戦や」
「あの別れの場面や」
そこから、ゲームを遊んでいた頃のことまで戻ってくる。
夜中まで遊んでいたこと。
次の日も続きをやりたくて仕方なかったこと。
ゲームの中の景色だけではない。
そのゲームを遊んでいた自分の時間まで、曲にくっついている。
だからわしにとって、ファルコム作品はクリアして終わりではない。
ゲーム機の電源を切っても、サウンドトラックを流せば、あの世界へ戻れる。
車を運転しながら『イースX』を聴けば、また冒険へ出たくなる。
『空の軌跡』を聴けば、物語を知った今だからこそ感じる切なさがある。
そして今遊んでいる『亰都ザナドゥ』の音楽にも、これから新しい記憶がくっついていくんやろう。
若い頃は格好いいと思っていた曲を、今は別の気持ちで聴いている。
これから何年か経って、同じ曲を聴いたらどうなるんやろうか。
また今とは違う何かを感じるのかもしれない。
音楽は同じでも、聴いているわしの人生は少しずつ進んでいく。
だから、何度でも聴きたくなるんじゃ。
ゲームの電源は切っても、ファルコムの音楽を聴けば、わしの冒険は何度でも始まるんじゃあ!!

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